「Gene」
セルフライナーノーツストーリー



第4話「カバンの中に入る歌」
28歳 女性 ダンス講師

重圧から解放されたあの日に、私は死んでしまったのかもしれない。

「…生!先生!ねえ、先生ってば!」
曲が終わるまで椅子に腰掛けて、私は窓越しの空を眺めていた。
そのまま、過去の色々なことを思い出し、どうやら自分の世界に入っていたらしい。
生徒の声で我に返ると、そこには子供たちが私を囲んで息を切らしていた。
「先生、曲終わったよ。次の練習、何ですか?」
私は慌てて立ち上がり、次の指示を出した。

つい3年前まで、私もそちら側だった。
ダンサーとして身を立て有名になって、世界中を飛び回るつもりだった。
ありとあらゆるオーディションを受けたし、どんな小さなチャンスにも飛びついた。
…必死だった。
それでも、現実は厳しい。
有名になるどころか、家賃すらまともに払えない生活。
友達はどんどん結婚していくし、ライバルはどんどん成功して見えなくなっていく。
正直、限界だった。
それは、体力的にキツいとか、経済的にキツいとか、そんなことではなくて、気持ちが限界だった。
このまま諦めずに続けたら未来はあるのか?
私が信じているこの才能は、全く価値がないものなんじゃないか?
そもそも、私に才能はあるのか?
葛藤しない夜はなかった。
そんな重圧に負けたのが、25歳のときだった。
アパートの更新が迫った3月、私は夢を諦めた。
人並みの生活を、選んだ。

夢って、恋人のようなものなのかもしれない。
失って数日死ぬほど泣いたけど、どこか胸がすっとしていた。
これで明日から自分の才能の無さに悩まなくて済む。
頑張らなくていいんだ。

それから私は地元に戻り、ここ、小さなダンス教室の講師になった。
目の前には子供たち。
いつの間にか”先生”と呼ばれることにも慣れた。
生活も安定した。
そう、これでいい。

   そう思って3年、私は一度も心から笑えていなかった。
子供たちに何の罪もないことも分かっているけれど、彼らの「大きな夢」には腹が立ってしまう時期もあった。
「大して本気じゃないくせに」
「何も捨てる勇気もないくせに」
そんな風に、自分を重ねてしまったのかもしれない。

胸にずっと引っかかったままの蟠り(わだかまり)は、消したい、消したいと思う内はずっと消えない。
私の蟠りを取ってくれたのは、子供たちのダンスだった。

本気かどうかわからない。
下手くそかもしれない。
けど、子供たちはキラキラの笑顔で踊る。
高校の文化祭、ダンス部の友達と踊っていたとき、私もきっとこんな顔をしていたんだろう。
そうだよね、ダンスなんて、音楽なんて、無くても生きていけるの。
だからこそ、本当に楽しくて楽しくて、ただそれだけで良かったのかもしれない。
“楽しいから踊る”
こんな簡単なこと、なんで私は今まで忘れていたんだろう。
私たち踊り手が楽しくなかったら、誰も感動させられないの。

そう気付いたときに、私の中の真っ黒い塊は、少しずつ溶けていった。

   レッスンが終わり、子供たちは着替えを済ませて教室を出て行った。
帰り際、口々に「ありがとうございました!」と言う。
「ライブ近いし、もっともっと私たち頑張るね!じゃあね、先生!」
最後の一人がそう言って、走って教室から出て行った。
鼻の奥にツンと刺す感覚がある。
私は涙を堪え、子供たちを見送った。

どんな場所でも、私を必要としてくれる人がいて、私は生かされている。
そう思ったら、どんな場所でも笑える気がした。
何も変わらない毎日を、少し変えることは、簡単だ。

 

 

 

カバンの中に入る歌

作詞・作曲 福島拓也

 

雑貨屋の前にパグがいたよ

ブサカワで元気貰ったよ

写真を撮って君に送ろうと

思って携帯をかざしたよ


日常のどんなときも

君の顔がふと浮かぶ

どんな写真なら笑うかな

喜ぶ顔が見れるかな


そりゃ生きてりゃ全然わかんないこと

ばっかりでため息もでる

大きな声で吹き飛ばせたらいいのに!

どうにもこうにもならない

そんなときには心の中で

小さく繰り返し呟いてみる

“エビシンガナビーオーライ”


君の笑顔が見たいから

僕がまず笑うんだ

ほら大丈夫だよ

一つずつ繋いでいこう

手と手と笑い顔

 

イェイ!イェイ

 


あれもこれも全部投げ出したい

僕だって毎日思ってる

大きな声で吹き飛ばしておくれよ!

どうにもこうにもならない

そんなときには大きな声で

声を揃えたら世界が変わるさ

“エビシンガナビーオーライ”

 


その顔が見たかった

やっと、やっと笑えたね

小さなことしかできないかもしれないけど

味方でいるよ



手と手と手と手の輪が

大きな丸になった

もう大丈夫だよ

いつでもまた泣きたくなったら

帰っておいでよ


イェイ!イェイ